あまりにも真実味を帯びた実在の人物たち:「カポーティ」「アマデウス」「ソーシャル・ネットワーク」「めぐりあう時間たち」


俳優が実在の人物を演じることはありふれたことだが、稀に、あまりにも真実味を帯びすぎていることがある。そのソリッドで隅まで行き渡った芝居を一度みてしまうと、もう実在の人物の名を聞いて、イコール、演じた俳優の顔が思い浮かんでしまう。

2014年に46歳の若さでこの世を去った(もっと観たかった…)天才俳優、フィリップ・シーモア・ホフマンが演じたトルーマン・カポーティ(「カポーティ」)はまさにソレです。カポーティが実際どんな人物だったのか、私のような者には、ほぼ知る由もないのですが、微妙にトーンの高い声、嫌にエレガントな身のこなしやスマートなユーモアが不思議に真実味を帯びています。「カポーティ」はベネット・ミラー監督によるヒューマンドラマ映画。

同様に「アマデウス」のモーツアルトもそう。肖像画でしか見たことがないし、「神童だった」「女たらしだった」みたいな逸話を少し聞いたことがあるくらい。しかし、宮廷の暮らしの馬鹿馬鹿しさや稚拙・わいせつさ、モーツアルトの天真爛漫なつかみどころのなさが、妙に生き生きとして鮮烈。「アマデウス」はミロス・フォアマン監督によるヒューマンドラマ映画。

最近だと「ソーシャル・ネットワーク」のマーク・ザッカーバーグ。東洋人の我々からすると、演じたジェシー・アイゼンバーグの見た目も結構似てる気がしますし、見事に天才若手起業家って感じの“何を考えてるかわからない”不思議な空気感とほどよい早口具合(実際どうかは別として)。さらに“アイゼンバーグ”と“ザッカーバーグ”が韻を踏んじゃっていて、アイゼンバーグが出てくると「あ、ザッカーバーグ」って言っちゃうくらいですね(売れっ子なので結構な頻度で目にするアイゼンバーグ…)。「ソーシャル・ネットワーク」はデヴィット・フィンチャー監督によるヒューマンドラマ映画。

めぐりあう時間たち」で悲劇の女流作家、ヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンの神経質さも息苦しいくらい真実味を感じます。人生に絶望した死んだ魚のようなうつろな目が、“私の中のヴァージニア・ウルフ像”にぴったり重なるのは、一体何故なのか…。結局のところ、大多数の人間の”私の中の○○像”を如何に体現するか、さらに魅力を増幅することができるか、が俳優の力の見せ所なのですかね。「めぐりあう時間たち」はスティーブン・ダルドリー監督によるヒューマンドラマ映画。

*「ソーシャル・ネットワーク」はHulu無料トライアルでも視聴できます。(執筆時点)