強烈な個性が繰り広げる下らない話:「パルプ・フィクション」が好きなら→「タンポポ」もオススメ!

映画の中の「下らない話」にこそ、監督のセンスが出るのではないでしょうか。センスがあれば「下らない話」が面白くなり、センスがなければ「下らない話」は蛇足でしかありません。

本当にセンスの良い「下らない話」は、中々ありませんが、時として傑作を作り上げるものです。アメリカと日本の本当にセンスの良い「下らない話」として、タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』と伊丹十三監督の『タンポポ』をご紹介します。

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パルプ・フィクション

パルプ・フィクション」はクエンティン・タランティーノ監督によるバイオレンス・アクション映画。「パルプ・フィクション」という題名は“読み捨て三文小説”や“下らない話”を意味する。

あるマフィアに関連する強烈な個性を持った登場人物たちが、まさに“下らない話”をしながら、“下らない話”と言われそうな日常を過ごしている。それらのオムニバスを立体交差させ、巧みに時間軸をずらし、映画として仕立てている。この構成の妙は映画を面白くしているとも言えるし、そうしないと映画が成り立たなかったとも言える。

タンポポ

パルプ・フィクションのような構成の妙に頼らず、正に“下らない話”を詰め込んだ傑作が、伊丹十三監督による「タンポポ」である。

メインストーリーは売れないラーメン屋を行列のできる店に生まれ変わらせる物語であるが、その他13エピソードが脈絡もなく挿入される。このエピソードはメインストーリーには関連しないし、どれも下らない話なのだが、強烈な印象を残す。

ラストはエンドロールが流れる中で授乳シーンで幕を下ろすのだが、それが人間の最初の食事であり、生きることは食べることという映画全体に渡るテーマを強調する。“下らない話”だったはずなのに、なんかこの映画よかったなあと見終わるのである。