世界的な大ヒットとなった両SF作品で、これまでにテレビやDVDでもご覧になった方も多いと思います。そのような作品でありながら、実はスピルバーグの個人的な思いが詰まった作品であることは、あまり知られていないかもしれません。その思いとは、1つ目はスピルバーグの両親が離婚し、父親が家族を捨てて出ていってしまうこと。2つ目は家族離散やいじめなどによりひとりぼっちだったスピルバーグ少年の心の拠り所が宇宙だったことです。
未知との遭遇
「未知との遭遇」はスティーブン・スピルバーグ監督によるSF映画。UFOを目撃したロイ(リチャード・ドレイファス)は何かに取り憑かれたようにUFOに入れ込み、ある山のイメージを求め続ける。狂ったようにも見えるロイに対して、妻と子供たちは愛想を尽かして出て行ってしまう。これはスピルバーグの父を重ねている。一方で、子供たちにピノキオを観させようとすることが象徴するように、ロイは子供のような大人(心は子供、体は大人)の状態であり、これはスピルバーグ自身を重ねている。つまり、本作の主人公ロイは、スピルバーグの父であり、スピルバーグ自身なのである。やがて、ロイは山のイメージが実在するデビルズタワーであることが分かり、その場所へ向かう。そこは政府が宇宙人との遭遇を隠すために厳戒態勢が取られている。政府の追手を切り抜け、ロイは宇宙人との遭遇に立ち会う。ラストではロイは宇宙人とともにUFOに乗って旅立ってしまう。家族だけでなく地球も見捨てる=スピルバーグの父のイメージであり、UFOに乗ることで子供のままであり続ける=スピルバーグのイメージという、またしても重複イメージを意識させて映画は終わるのである。
しかし、ロマンはあっても成長のない「未知との遭遇」のラストについて、スピルバーグは悩み続けたに違いない。なぜなら5年後にその答えとなる「E.T.」が公開されたのだから。
E.T.
「E.T.」はスティーブン・スピルバーグ監督によるSF映画。今回の主人公は子供のエリオット(ヘンリー・トーマス)であり、父親はすでに別居していて出てこない。エリオットは宇宙人に出会い、大人たちから匿い、コミュニケーションを取り、故郷への帰還を手助けする。「未知との遭遇」では非常に凝って上手く作っていたUFOや宇宙人と比べると、5年後に製作されているにも関わらず、「E.T.」のUFOや宇宙人はチープで子供っぽい。つまり、「E.T.」は子供(=スピルバーグ自身)の純粋な憧れであり、成長ストーリーなのだ。だからラストシーンでは、一緒にいこうというE.T.に対して、エリオットは「僕はここに残るよ」と言う。宇宙へのロマンは素晴らしいものではあるが、それのために家族を捨てるなんて馬鹿らしい。E.T.を大切な友人として扱いながらも、家族との生活を選んだエリオットに、スピルバーグの成長と決意が重なって見える。